8. 自律神経失調症第2回目(2006年)

2007年5月29日 (火)

今回の発症の状況

確かに忙しくはしていた。在職のまま大学院に行っていた。
しかも当初4年は通勤時間が往復4時間だった。
しかし、そんなに活動しても、風邪一つひかず、健康な私だった。
学位取得後約一年経過した。最近右脚の付け根が痛い。
放っておいたらなんだか右臍横と右腰も痛い…
受診に常に抵抗のある婦人科だが、思い切って受診した。
「異常ありませんね。子宮と卵巣の位置はここですから、
そけい部となると、ヘルニアが考えられます。外科になりますね。」
一週間後、痛みが増した。仕方ない、外科に行くか。
「ヘルニアだったら腸が腐って一週間がまんできませんよ。うちじゃないねぇ…」

その翌日だった。2006年11月21日の朝、
私は異常な冷や汗と脳貧血状のめまいと、腕〜肩の異常緊張を持って早朝目覚めた…
「あの時と同じだ…!!」

もう二度とならないと思っていた。しかし、多分この肩の感じ、身体の異常緊張の状態は、
多分また自律神経失調症になったに違いない…
会社を休み、キーンとした頭のまま、15年ぶりに日本漢方医学研究所付属渋谷診療所に向かった。
「前より軽い。すぐ診てもらえば、きっとすぐ直る。漢方薬だけで行けると思う…」

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2007年5月30日 (水)

今回の経過その1

15年ぶりの渋谷診療所は火曜日の午前中のせいか、ガラガラだった。
最近は漢方薬も認められてもう普通になってしまったので、
流行らない病院になってしまったのか…?
山田先生(兄)に診てもらった。
「赤ちゃんの夜泣き向けの薬出しますから。」
得意の加味逍遥散と甘麦大棗湯を処方された。
「大丈夫、大丈夫…」一進一退で2週間後、結局また同じ症状が出てしまった。
「更年期障害かも知れない…女医に変えよう…」
ネットで漢方の病院を探しはじめた。
「ぐっ、具合悪い…肩と首の神経が発作的に張る…痛い、腹が痛い…かかと痛がする…。」
いつの間にかそけい部の痛みは無くなり、右腹と右腰に移っていた。
必死で検索した結果、麻布十番に保険診療の女医さんのクリニックをみつけた。
早速予約して行く。
発症の状況と婦人科、外科、渋谷診療所の検査結果と処方を説明。「1日おきに具合がすごく悪い。肩から首が異常に張る。よく眠れ無い…」
既に不定愁訴状態だった。
婦人科で発症直前にやったストレスチェックをもう一度やると言う。
前は超低ストレスだった。
しかしこんなに身体症状があれば精神状態が言い訳無い。
チェック結果を見て彼女は言う。
「これはもう、うつか不安神経症に入ってますよ。まずこれを治しましょう。」
そりゃそうだ、原因不明で身体症状があれば常に不安だろ!
しかし私は医者じゃないから、医師にそう言われたらそうだと思うしか無い。
でも違う気がする。
前と同じ自律神経失調症じゃ無いのか?
だって現に発症直前の精神状態は最良判定じゃないか。
茯苓飲合半夏厚朴湯エキス、抑肝散加陳皮半夏エキス、柴胡加竜骨牡蠣湯エキスを処方された。
「具合悪かったらまたいつでも来て下さいね。」
医師は優しかった。

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2007年5月31日 (木)

今回の経過その2

これらの漢方薬を飲んだ当日は急激によくなった。一瞬、名医!と思った。
が、結局翌日からまた体調が下った。火曜日に受診して金曜日にまた受診した。

「先生、本当に辛い。何とかして!」

もう、西洋薬でもいいと告げた。すると「寝ないと治らないから、強制シャットダウンしましょう。」と、就寝前4日間だけ、精神安定剤を飲むことになった。
この日、2006年12月8日が、私が人生で初めて精神科系の西洋薬を飲む羽目になった日だった。

この薬はよく効いた。眠れるようになった。しかし、眠っても他の症状は悪化するばかりだった。

しかも、むしろこの薬が無いと、他の症状がひどすぎて眠れない。

しかも、12月19日に最悪の事が起こった。

体温が発生できず、風呂に入っても温まらない....42度の風呂に入って20分しても体が冷えたままなのだ...

「ああ、やっぱり、前と同じ病気だ。。。」

何とか風呂から上がり、ともかくお湯を飲んで、意識朦朧としたまま床暖房とエアコンで極端に暖めた部屋に毛布に包まってしばらくし、やっと体温が回復してきた。

次の診療の際、私は言った。「先生、私は専門家じゃないからよくわからないけど、この漢方薬は効いている気がしない」。

不調のモードには2つあり、1つは発作的な肩から首の神経の異常緊張、もう1つは体全体が不安定になり異常に冷える。
マイナートランキライザーは発作的な肩から首の神経の異常緊張には効くが、体の不安定感と冷えには効いていない。

私は15年前の事をこの先生に話していなかった。理由は具合が悪すぎてそれどころではなかったというのもあるが、15年経って時代も進んでいるし、不定愁訴を真骨頂とする漢方薬の専門の先生なら、すぐにわかるだろうと思っていたからだ。

しかし、この時ようやくその話をした。「当時は針灸整体にも行って...」

『針灸は即効性はあるが、治らない。が、針灸も併用してみてはどうでしょう?』

私はこの時点で、目黒西口クリニックの南雲久美子医師の書いた「不定愁訴~名前の無い病気」という本を読んでいた。南雲先生は針も自分でする。自分が不定愁訴になった際の効果を強く実感して自分で学んだのだ。この先生も、鍼灸院を併設している位だから、もっと積極的に薦めるかと最初は思っていた。しかし、思ったほどではなかったし、鍼灸院は併設だが独立とのことなので、結局そこで治療してもらうことはできなかった。

15年前の先生は熊本に帰ってしまってもういない。
ずっと健康だったので医療情報は極端に不足していた。
ここから、鍼灸師探しがはじまった。具合が悪い中、本当に辛かった。

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2007年6月 1日 (金)

今回の経過その3

その頃既に食欲が減退していたが、それは更に進行した。
胃が完全に停止して全く食べられなくなったのだ。

私は普段はそもそも、多少体調が悪くとも、何か気がかりな事があっても、食欲だけは落ちないという体質だった。
そもそも、胃がとても強く、長年吐いた事が無い。
そんな私が4日連続一食も何も食べられなくなってしまった....

「なんだこりゃ!!」 吐く事は無い。食欲というものが完全に無くなってしまった。

以前、TVで石原良純さんが叔父 石原裕次郎さんが亡くなる直前は急に食べられなくなったと言っていたのを思い出した。

「死ぬんじゃないか・・・」

私は必死で、お粥お茶碗一杯でもいいから食べようとした。
それまで、成人男性の1人前の量を食べてもまだ少し足りない状態だった、グルメブログまで書いている程の私が何故こんな事態に・・・!

信じられないだろうが、私は流動食で「極力カロリーの高いもの」を探して歩いた。
例えばカロリーメイト、ウィダーインゼリーはそれなりのカロリーはあった。
やむなく、健康な時には全く手を出さないこれらの商品を食べる事にした。
他にはカップうどんとかレンジで温めるだけのリゾットなど。
しかし、何とそれ1つすら完食できないのだ。

栄養バランスが崩れる、と、飲み物は伊藤園の「一日分の野菜」に変更。
そういえば、牛乳。牛乳は普段飲まないけれども、確かに、流動で栄養を摂るには。
いいんじゃないか・・・しかし牛乳すら飲むのが辛かった。

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2007年6月 2日 (土)

今回の経過その4

インターネットで鍼灸院。・整体院を探して行った。
たどり着くまでにふらふらの状態であちこちいったけれども、即効性のあったところは無かった。
幸い15年前の整体院を紹介してくれた方がまだ会社にいて、その方に情報を聞いてみると、横浜に弟子が開業しているという。早速電話して行った。
しかし、結果は残念ながら1月通ったがあまり効果を感じなかった。
紹介してくれた方も、前の方ほどの力はないような感じをそもそも持っていたようだった。

病院の方では、もう辛すぎるという事で、ついに西洋薬を処方される事になった。
抗うつ剤と精神安定剤。精神安定剤は日中も頓服的に飲む事になった。
またしても私はショックだった。抗うつ剤は飲みたく無い。だってうつ病じゃない・・・。
私は緑内障の疑いがあった。それを理由に結局抗うつ剤は飲むのを免れた。

しかし、最終的に残ったのは精神安定剤だけだった。

「先生、折角先生の所に来ているのですから、漢方薬は飲まなくていいでしょうか…?」

『効かないものは飲まなくてよい。』

「・・・」

私は、南雲久美子医師の著書の最初のくだりを思い出していた。

『私のところに来る患者さんはだいたい精神安定剤を沢山飲まされて来ます。』

ああ、私が、私がその状態にされてしまった。おかしい。漢方専門医だったのではないか。
不定愁訴こそ漢方薬の真骨頂だったんじゃないか。
それとも私は本当に精神病なのか?

一月以上具合が悪いままだったから、それは精神状態も悪かった。
実はもっと悪い病気があるんじゃないかとついつい思うようになり、
総合病院で15年前のように、精神科、脳神経外科、泌尿器科、胃腸科と、
またも次々と検査を受けてしまった。
脳のMRIも撮ったし、尿検査、検便、胃カメラ、血液検査複数回とやったがやはり異常は認められなかった。
病気の事ばかり考えていて電車を乗り過ごしたりしていた。

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2007年6月 3日 (日)

今回の経過その5

医師は優しく熱心だった。有名な先生でもある。
私は医師を信じたかった。しかし、精神安定剤のみになった今、私は残念ながら先生を信じられなくなった。
治療指針を示してくれ、この薬である程度安定したら漢方薬に切り替えましょうとか、
眠れないならこうしたらどうでしょうかとか、生活指導があったならもう少し違ったかも知れない。

2007年1月正月明け、私はこの先生から、精神安定剤の辞めさせ方がうまいだろうと、
またもインターネットで探した精神科の経験のある漢方薬治療を主体とする心療内科医に主治医を変更した。

もちろん、鍼灸院探しも続行していた。当たりはまだ引き当てていない。
この時程、地元の情報が不足しているのを痛感した事は無かった。
鍼灸院情報はインターネット時代の今も口コミが主流なものなのだ。
鍼灸は経験がものを言う分野。年配者に名手が多く、
そういう人はお金持ちが押さえている。
インターネットに広告を出す必要も無いし、情報も出ないのでネット検索は有効な調査方法ではない。
しかし、具合も悪く、脚で探すのも難しかった私はそれでも何かつかめないかと思って探し続けた。

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2007年6月 4日 (月)

今回の経過その6

鍼灸院はなんと近所の学芸大学にあった。梁島治療室と言う。
自律神経失調症・メニエール氏病・顎関節症が得意だと書いてある。
早速、病院を変えた丁度翌週からその鍼灸院をメールで予約して行った。

鍼灸院は流行っていた。。
鍼灸師は60代だが自分でホームページを開設し、メールで患者とやりとりするという優秀な方だった。

『あなたは典型的な自律神経失調症です。自律神経失調症は病気じゃないからね。エネルギーがマイナスになっているだけですから、あなたは必ず良くなります。』

ともかく信じるしか無かった。
この先生の所はカーテンで仕切られた診療台で3人を同時に診る方式なので、発言が他の人に聞こえる。
その状況でこれだけ自信に満ちた発言をするとは、信用していいと思わせるだけのものは持っていると思った。。
更には、次回の予約は鍼灸の効果は治療2-3日後に出るからそれまでの状態をメールしてもらい、その結果で治療間隔を決めると言う。

途中で具合が悪ければそれをメールしてこいという。

『人に言う事によって症状が軽減する方向に行く。』

治療1回目はあまり効果が無かった。

『もう少し早く治してあげますからね。今回から少し強くやります。』

1週間後に2回目。

その翌週、少しだけよくなった感じがなくもない。

『エネルギーがマイナスになっている状態なのです。よくなったと思ってもまだ活動は控えてください。そのうち自分で自家発電するようになってきますから。』

2回目以降、週1回の治療間隔だったが、自分でも少しずつ良くなっている感じがあった。

『まっすぐにエネルギーが溜まって来てますからね。』

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2007年6月 5日 (火)

今回の経過その7

病院の方ではこれまでの通院歴と投薬歴を伝えた。

『山田先生の所は2回行ってないですか?・・・』

『この先生はまた有名な先生ですね・・・大分"冷え"をやってると思ったんだけど。』

どうも、こんな有名な先生方が診てきた患者がうちに来るのかといった様子。

しかし、私はその時点で既に漢方薬は全く飲んでいなかったから、
向精神薬を極力減らし漢方薬だけでコントロールできるようにしたい
というのを診療理念にしているこの医師に、よしあしは不明でも乗り換える事にした。

「先生、私のような症状の人を診たことありますか?私の周辺にはうつ病とパニック障害になった人がいるが、その人たちにどうもそれではなさそうだと言われました。」

『心療内科はあなたのような症状の人ばかりです。』

これまでの先生が精神科系の漢方薬を出しているのに対し、冷えを取る方向の薬を出すと言う。
私が体が異常に冷えて不安定になるのには精神安定剤は効いていないと言ったところからそうしたようだった。

私は既に食べられないのが1ヵ月半続いていたので痩せていた。
医師は「虚証」と判断したようで、

ツムラ当帰四逆加呉生姜湯エキス(38)
ツムラ柴胡桂枝乾姜湯エキス(11)

が処方された。

「先生、これまで飲んでいた精神安定剤も出してもらえませんか?」

『これはねぇ。。。』診療理念に反するので出したくない様子。

「私だって飲みたく無いんです。でも眠れる自信が全く無い。」

結局前と同じく寝る前に1錠、日中頓服的に半量のものを飲むという同じ薬を出してもらう事になった。

ツムラ柴胡桂枝乾姜湯(11)は効いたようだった。
夕方に具合が悪くなることが多かったが、それはこの薬を飲んで1.5時間程度すると
少し緩和され足が暖まる方向になった。

1週間後、ツムラ当帰四逆加呉生姜湯(38)は中止になり、代わりに、麻黄湯(27)を昼だけ飲むと言う事になった。

『体を温める方針で行きます。この薬は長期に飲めないので3月位まで。。。』

この薬を飲むと確かに体は温まった。日中の精神安定剤は中止することが出来た。
しかし、下痢、動悸など副作用(私は瞑玄ではないと思っている)が出て、
正直今もこの処方には疑問である。

夜間の動悸を強く訴えると、「1日1回なのにおかしいですね」と処方を変えるという。
3週後、眠れないという症状からか、ツムラ酸棗仁湯エキス(103)だけになった。
1週間精神安定剤と共に飲んだが、不眠はよくはならず、
昼間治まっていた首~肩の異常緊張が少し戻った気がした。

「先生、前の11番の薬はまた飲めないでしょうか?また首の後ろの張りが出そうで…」

いくつか質問をされたが、最初のカルテにも書いた通り、元々生理痛はとてもひどい。
その事を聞いて、代表的婦人薬の1つであるツムラ当帰芍薬散エキス(23)が追加される事になった。

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2007年6月 6日 (水)

今回の経過その8

 病院の変更に遅れること1週間で信頼できる鍼灸師を見つけたので、病院はどうでもよい感じになっていた。
時期的に漢方薬にツムラ当帰芍薬散エキス(23) が加わって丁度1ヶ月頃、鍼灸を現在の先生に変えて丁度2ヶ月後頃から症状がかなり軽減されはじめた。
2007年3月後半の事である。

 その後毎週のように階段を上がるように症状は減って行き、2007年5月、
発症から約半年、不眠と多少の肩こりなどを残して、
日常生活以外のプラスαの活動も大分できるようになった。

 一度にいろいろやったのでどれが効いたのか判らないが、私の感覚では15年前と同じく、
「鍼灸>>漢方薬」である。

 現在はまだ、鍼灸は週1、病院は隔週で、
コタロー加味逍遙散エキス(N24)
精神安定剤(睡眠導入剤として、当初の半量)

を処方され継続している。

 一時はこのまま死ぬのではないかというほど具合が悪かったのだが、
よくぞここまで治ったものだ。食事も何でも大変美味しく食べられる。

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2007年6月17日 (日)

南会津の湯治場にて

東武特急スペーシア、野岩鉄道、会津鉄道と乗り継いで、
湯野上温泉卿に至る。
3ヶ月前、わずか3ヶ月前に、今ここにいる事が予想されただろうか…
神経が大暴走し、休むに休めなかったこの半年。
その時の恐怖を忘れる程身体は戻り、
今は畳敷きの部屋にだらりと身を横たえている。
森の息山に包まれた山の宿。
家にいる時よりやけに感じる安定感、
これが森林浴のリラクゼーション効果なのか。
同じ温泉でも、日帰り温泉施設ではこの脱力感は得られない。
テレビも付けずに薄暗い部屋でただごろごろしている。

夕食は岩魚の刺身をはじめ10品も出た。
あっさりしたものばかりだが、完食した。
何故か粥の一杯すら原因不明で喉を通らなかった3ヶ月前…私はことごとく戻った。

日曜の夜、昭和の面影漂うひなびた宿。
なんだか明治大正の文士にでもなったかのよう。
新しい明日と私の為に今は本当の休息。

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